ブランド・商品・サービスなどさまざまなモノ・コトについて、それらが「どの程度浸透しているのか」を示す認知率や利用経験率などの指標を得るための調査を行うことがよくあります。たいへん有名で誰もが知っているタレントさんや所属事務所に関する認知率もあれば、あまり知られていないが知っている人はほぼ100%が利用している企業向けサービスの浸透度といったニッチなものまで、計測したい指標やその高低には、多様なパターンがあると思います。

「実感値」にまつわる経験

こういった指標をとるための調査事例のひとつとして、「雑誌についての浸透度調査」を行ったことがあります。様々な出版社から発行されている雑誌・情報誌など50誌程度について、認知、閲読経験、購入経験、認知経路や購入チャネル、媒体の利用評価などを尋ねるものです。同じ調査を数年間担当し、「今年の年明けに投下したCMの効果が出て、昨年より認知率が上がった」「数年かけて徐々に購読率が下がってきている」など、時系列で結果をみるのが楽しみでした。
ある年の結果報告会の折に、とある媒体について「認知率が◯年連続で低下しています」というご説明をした際、意外な反応がありました。
「これは実感値とかなり違う。昨年時点で95%の人が知っていた雑誌は、今年は100%近くの人に認知されているはず。今年のスコアが85%などということはありえない。調査方法が悪いのではないか」というものです。
一瞬どういうことかよくわかりませんでしたが、「モノ・コトの認知というものは、知らない人が減っていくはずのものであるから、 基本的には上昇する一方なのではないか」という主張でした。 確かに、大量のプロモーションによって一定の露出が保たれている商材であれば、上昇する一方というケースもあるかもしれません。しかし人は、一度知ったものであっても、ずっと触れ続けていなければ必ず忘れて行きます。中学時代の同級生の名前が思い出せない、といった例がわかりやすいでしょうか。 こういった「覚えていたものを忘れてしまう」現象の他に、調査の場合には、「それを知らない人があらたに調査対象者として参入してくる 」 ケースも考えられます。10年前に大ヒットして、当時の若者の誰もが知っているような商品だったとしても、10年経った後の”若者”が同じようにそれを知っているわけではありません。ポケベルなんてみたこともない人に「ポケベル知ってますか」と尋ねるようなケースです。時代とともに当然起こり得る変化であり、それを反映した調査結果がでるはずです。 しかし、さきほど「調査方法が悪いのではないか」と問題提起した人にとっては、「人は覚えたものは忘れない(だって俺はそうだから)」というのが実感値の根拠だったため、それに反するような調査結果に対して違和感を持ったのでしょう。この例は正確には「実感値」を説明するのに不適切かもしれませんが、「実感値と違う」ことを強めに主張された経験として、大変印象深いものでした。

「実感値」とはなにか、それは正しいのか。

いわゆる『実感値 』というのは、ある特定のジャンルへの関心が高かったり知識が豊富だったりした人(たち)が持つ、「ある程度の精度での予測値」のことを指すかと思います。正確な「値」とはいえないまでも、「このマンガは社会人の3人に1人くらいが読んでいる」「来店した人のほぼ全員が冷やし中華をオーダーする」「東京に来た外国人観光客の7割が浅草寺に行く」といったおおよその割合を実感としてつかんでいることは、特にマーケティングやリサーチを生業としている方には比較的よくあることと思います。 こういった『実感値』について、「それは本当に正しいだろうか」と疑ってみることは、常に必要なのではないでしょうか。すぐに気づくような簡単な例でいえば、「出版に詳しい人が多い環境では3人に1人の社会人が知っているマンガかもしれないが、一般的にはどうなのだろうか」「自分が働いているランチ時に来店する人のほぼ全員が冷やし中華をオーダーするが、夜の時間帯では麻婆豆腐がほとんどかもしれない」といったようなことです。前提となる条件や環境が変われば、実感値とは大きく異なる結果が出ることが容易に想像できますが、 こういった前提条件を忘れて会話してしまうことも、意外と多いような気がします。

実感値が「正しい」としたら、それはどう使えるか。

その一方で、実感値がある程度“確からしい”といえる場合の、「実感値と違うという違和感 」は、意外な発見につながる可能性も秘めていると思います。 個人的な印象として、ビッグデータと呼ばれるものを分析した場合、「そりゃそうだよね」という結果が導かれることがよくありますが、その中にある「ここは何だか実感値と違うな」という点を少し深掘りすることで、新たな発見ができるかもしれません。 例えば、「実感値としては、成田空港に到着した外国人旅行者の7割が浅草寺に行くと思っていたけれど、ビッグデータを分析してみたら実は3割程度だった」といったような場合。ただしこの「実感値」は数値化されていませんから、そのギャップがどの程度あったのかを、人と共有することは難しいと思います。こうした、ある程度事情に詳しい人たちの「実感値」をあらかじめ数値化し、目に見える形での「仮想(実感)値」みたいなものを作るというアイディアを、最近思いついた人がおり、強く興味を惹かれました。もしこの値を作ることができれば、実際に計測した値との”差異”、つまり、データの注目すべき点を把握しやすくなりそう。時系列データなどの基準となるデータがない場合や、(予算の関係などで)比較対象となる類似ブランドにまで広げての調査ができない場合にも、比較基準として使えそうです。 そして、その「仮想(実感)値」とのズレがいったいどこから・なぜ生じるのかといったことを考察することが、何か面白い・新しい発見への足がかりになりそうかな、といったようなことを最近妄想しております。