先日グループインタビューの実践セミナーに参加した際に講師の方から紹介された本を何冊か読んで、「コミュニケーション」について改めて考えるところがあったので、特に心惹かれた書籍のご紹介をしたいと思います。

コミュニケーション能力の曖昧さと種類

「コミュニケーション能力」は、就職活動などを代表例として仕事や日常生活でも強く求められる能力ですが、実際のところ「コミュニケーション能力がある」というのはどういうことか、私個人としてはよくわかっていません。というより、能力そのものとしては「人の考えを聞いて理解する」「自分の考えを話して理解してもらう」「そのための適切な質問ができる」などの様々な側面があるように思いますが、そうした能力が備わっている人同士の会話であっても、「どういう状態になっていれば、コミュニケーションが取れていると言えるのか ?」 がわかっていないというところです。 本書では冒頭の部分で、一般的な「会話」と、「対話」との違いが説明されており、コミュニケーションとしては「対話」が最も重要であるということが述べられています。簡単に言うと、聞く・話すための能力という“ パーツ ”の話ではなくて、その “ やり取りの内容・質 ”が定義されているという印象です。
  • 【会話=カンバセーション 】 価値観や生活習慣などの近い親しい者同士のおしゃべり
  • 【対論=ディベート 】 AとBという2つの理論が戦って、結果としてAが勝てば、BはAに従わなければならない
  • 【対話=ダイアローグ 】 あまり親しくない人同士の価値観や情報の交換、あるいは親しい人同士でも、価値観が異なる時に起こるそのすり合わせ。AとBという異なる2つの論理がすり合わさり、Cという新しい概念を生み出す。AもBも変わる。まずはじめに、いずれにしても両者ともに変わるのだ、という前提のもとに話す

対話の必要性と原理

著者は劇団を主催する方であり、演劇における “ 対話 ”について書かれている部分がありますのでそのまま引用すると、「ある集団が、個々人ではどうしようもできない大きな運命にさらされた時に、その成員一人一人に、それまで自身も自覚していなかったような価値観、世界観が表出し、それがぶつかり合うことによってドラマは展開していく。これが、近代劇を支える「対話」の原理である」とのこと。 欧米などでは、異なる宗教や価値観が地続きに隣り合わせているために、自分がなにを愛し、何を憎み、どのような能力を持って社会に貢献できるかを、きちんと他者に言語で説明できなければ無能の烙印を押される「説明しあう文化」であるため、きちんとした「対話」という概念も発達していると著者が記しています。一方の日本社会は、ほぼ等質の価値観や生活習慣を持った者同士の集合体=ムラ社会を基本として構成され、そのなかで独自の文化を生み出し「わかりあう文化」を育んできた、とあります。そうした文化の例として、俳句のような最小限の言葉での表現で「同じ情景を思い浮かべる」ことができる点が書かれています。俳句に限らず、昔見たアニメや特撮、アイドル歌手などの思い出でも同じように盛り上がれるのも(そういったテレビ番組も多く見ますが)、こうした特徴によるものなのかもしれません。
しかし著者も述べているように、昨今は「俳句のような“ 同じ文化的価値観を背景としたなかで成立しうる芸術 ”のようなものを、別の文化・言語を持つ相手に説明しなければならない」場面が増えているように思います。また、相手にこうした文化的背景や価値観を “ 説明をする ”だけでは十分ではなく、「意見を出し合い、すり合わせて新しいものを創出する」ための“ 対話 ”をゴールと考えるべき、という点にも強く興味を感じました。

リサーチに求められる対話とは

著者の考えるコミュニケーションの本質とは、「とことん話し合い、両者で結論を出すことが何よりも重要なプロセスであり、異なる価値観と出くわした時に、物怖じせず、卑屈にも尊大にもならず、粘り強く共有できる部分を見つけ出していくこと」とあります。お互いのもつ情報・知識・考えを交換し、新しい価値観を生み出すことができるまで話し合うというのは、日常ではなかなか難しいことかもしれません。しかし、ただ一方的に意見を表明し合うだけ、あるいは“ 情報の含まれない会話 ”をするだけでは、どれだけ時間をかけても、何も生まれない状態に陥りそうです。「対話」というものは、特にマーケティング・リサーチのようなクリエイティブな仕事をする場面で、非常に重要な考え方なのではないかと感じました。 その他、同じ著者の本を数冊続けて読みましたので、合わせてご紹介しておきます。
  • 対話のレッスン 日本人のためのコミュニケーション術(平田オリザ/講談社現代新書):他者ときちんとしたコミュニケーションを取るために改善できそうなポイントの紹介。「対話」の方法と言語を身につけるための方法論。
  • コミュニケーション力を引き出す演劇ワークショップのすすめ(平田オリザ、蓮行/PHP新書):「対話」の具体的な練習方法としての「演劇ワークショップ」の事例紹介 。

臼井智亜希